WordPressをヘッドレスCMSにする前に知っておきたい『開発・運用の落とし穴』

最近WordPressのヘッドレス化のご相談を受けることがあったので、その際に得られた知見を一部まとめてみました。
なぜ今「ヘッドレス」なのか?そして陥りがちな「認識のズレ」
Web制作のトレンドにおいて、近年「ヘッドレスCMS」という言葉をよく耳にするようになりました。
特に、世界で最もシェアを持つWordPressを、従来の「Webサイト作成ツール」としてではなく、単なる「コンテンツ管理システム(API)」として利用するHeadless WordPress(ヘッドレスWordPress)の構築案件が増えています。
しかし、この手法は従来のWordPress構築とは全く異なる開発フローと設計思想が必要です。
ここを理解せずに「表示速度が速くなるらしい」「最新技術だから」という理由だけで採用すると、プロジェクトの後半で「話が違う」「思っていた運用ができない」という大きなトラブルに発展しかねません。
まずは、根本的な構造の違いと、そこで生まれる「認識のズレ」について整理しましょう。
「頭(ヘッド)」がない状態とは?
通常のWordPressは、管理画面(記事を入力する場所)と、Webサイトの表示画面(テーマ)がセットになっています。
一方、ヘッドレス構成では、WordPressは「データベースとして、ただ文字情報を保存するだけ」の役割に徹します。
- 通常のWP:記事を書く → WPがページを生成して表示する(オールインワン)
- ヘッドレスWP:記事を書く → フロントエンド(React, Next.jsなど)がデータを取得して表示する(分離型)
つまり、Webサイトの「見た目」を作る機能が、WordPress側からは切り離されている状態です。
これが「ヘッドレス(頭がない)」と呼ばれる所以です。
最大の誤解:「今まで通り編集できる」という幻想
ここが最大の落とし穴です。多くのクライアント様はこう考えるでしょう。
「フロント(表示技術)が変わるだけで、管理画面はいつものWordPressなんでしょ?なら使い勝手も変わらないよね?」
残念ながらこの認識の齟齬がプロジェクトの崩壊につながります。
通常のWordPressであれば、「プレビューボタン」を押せば実際の表示を確認できたり、テーマカスタマイザーで文字色を変えたりできました。
しかし、ヘッドレス構成の場合、WordPress側は「実際のサイトがどう表示されているか」を感知していません。
そのため、初期開発の段階で特別な実装をしない限り、「プレビューボタンが効かない」「管理画面のエディタで見ている見た目と、実際のサイトの見た目が全く違う」という事態が発生します。

この「開発者はAPIとしての機能を想定している」のに、「クライアントは従来のWebサイトビルダーとしての機能を期待している」という認識のズレが、プロジェクトにおける最大の火種となりうるのです。
【最大の課題】ブロックエディタとフロントエンドの「深い溝」
WordPressをヘッドレス化する際、プロジェクトの難易度を劇的に左右するのが「エディタ(投稿画面)をどうするか」という決断です。
特に、現在のWordPress標準であるブロックエディタ(Gutenberg)を使用する場合、そのハードルは一気に上がります。
「見たまま編集」は自動的には実現されない
従来のWordPress構築では、テーマファイル(PHP)がエディタの機能と密接に連携していました。
そのため、管理画面でブロックを並べれば、公開されるサイトでも同じように表示されるのが当たり前でした。
しかし、ヘッドレス構成では「表示側(フロントエンド)」はWordPressのテーマを使いません。
ReactやVue.js、Astroなどでゼロから構築された別物です。
つまり、WordPress側でどれだけリッチなブロックエディタを用意しても、フロントエンド側には「ただのデータの塊(HTMLやJSON)」が送られるだけです。
これをフロントエンド側で「WordPressの管理画面と同じデザイン」で表示させるためには、WordPress側のスタイルと全く同じCSSやレイアウトロジックを、フロントエンド側でも二重に実装する必要があります。
開発工数が倍増する「コンポーネントの二重管理」
もしクライアントが「トップページのデザインも、管理画面からブロックを自由に組み替えて作りたい」と要望された場合、何が起きるでしょうか?
- 見出しブロック
- 画像付きテキストブロック
- スライダーブロック
- CTAボタンブロック …etc.
例を挙げればキリがないですが、ブロックエディターを使用する以上、WordPress上で利用できるすべてのブロックに対して以下の開発が必要になります。
- WordPress側の作業: エディタ上で正しく入力・表示できるように調整する。
- APIの調整: 入力されたデータを使いやすい形式で出力する。
- フロントエンド側の作業: 受け取ったデータをもとに、React/Next.js等のコンポーネントとしてデザインを再現する。
既存のWordPressテーマを使えば「インストールして終わり」だった機能も、ヘッドレスでは一つ一つのパーツ(コンポーネント)をすべて手作りで実装し、つなぎ合わせる作業が発生します。
これが「ヘッドレスにすると開発費が高くなる」と言われる最大の要因です。
「プレビュー」が見れないストレス
先ほども触れましたが、標準の状態では「下書きプレビュー」が機能しません。
ブロックエディタの良さは、編集しながらリアルタイムでレイアウトを確認できる点にありますが、ヘッドレス化するとその良さが半減します。
プレビュー機能を実装することは技術的には可能ですが、認証機能(ログインしている人だけに見せる仕組み)を含めた追加開発が必要となり、ここでも工数が上乗せされます。
【開発工数の分岐点】「自由度」か「コスト」か、エディタ選択の現実
さきほどご説明した通り、ブロックエディタの自由度は、ヘッドレス構成においてはそのまま「開発工数の増大」に直結します。
そこで、クライアント様や制作会社様は、プロジェクトをスタートさせる前に、以下の二つのアプローチのどちらを選ぶかを明確にする必要があります。
この選択こそが、見積もり金額と納期を大きく左右する分岐点です。
クラシックエディタ(ACF活用)アプローチ:コスト効率と安定性
ヘッドレス構成において、最も開発コストを抑えやすく、安定した運用が期待できるのが、このアプローチだと思います。
これは、ブロックエディタの持つ「自由なレイアウト機能」を捨てて、代わりにACF (Advanced Custom Fields)などのカスタムフィールドプラグインと従来のクラシックエディタを組み合わせて使用する手法です。
| エディタの役割 | メリット | デメリット |
| ACFなどのカスタムフィールド | 入力内容を「定型データ」としてWP側で定義できるため、フロントエンド側はデータを受け取るだけで済む。 | 投稿ごとのデザインの自由度はほぼない。決まったテンプレートに沿った入力となる。 |
| クラシックエディタ | シンプルなHTMLとしてデータが出力されるため、フロントでの再現が容易。 | 複雑なレイアウトを直感的に組むことができない。 |
この手法は、ニュース記事、コラム、イベント情報など、デザインの自由度よりもコンテンツの安定供給と高速表示を優先する場合に最適な方法だと思います。
ブロックエディタアプローチ:「夢」と「現実」のギャップ
もし、クライアント様が「トップページやランディングページも、WPの管理画面からドラッグ&ドロップでレイアウト変更できるようにしたい」という、ブロックエディタ本来の自由度を求める場合、さきほど述べた通り、工数は膨大になります。
この要件を採用する場合、開発工数が跳ね上がる最大のロジックは以下の通りです。
- WP側開発: 自由な入力を可能にするためのカスタムブロック開発。
- フロント側開発: その入力データを解析し、見た目を完璧に再現するためのコンポーネント開発。
- 連携開発: 両者間でデータとデザインの整合性を保つためのAPI設計と調整。
特に「自由なレイアウト変更」を求める場合は、通常のWPサイト制作の2倍〜3倍の工数がかかると見積もっておくのが現実的です。
「リッチな表現」を追求することが、開発費用を跳ね上げる直接的な原因であることを、初期段階でしっかりと認識を合わせる必要があります。
「ハイブリッド構成」という選択肢
ではコストと自由度のバランスを取るためにはどうするのが最も現実的か?
私個人としては以下の「ハイブリッド構成」をおすすめします。
- 定型的なコンテンツ(ブログ、お知らせ)⇒ コスト効率の良いACF+クラシックエディタで運用。
- 自由度が求められるコンテンツ(トップページ、LP):⇒フロントエンド側でデザインを固定し、編集はタイトルやキャッチコピーのみに限定する。
この方法が、私がWeb制作フリーランスとして、クライアント様の予算と要望のバランスを取るための最も最適な解決策であると現状は考えています。
【運用とインフラ】見落としがちな技術的ハードルとコスト
ヘッドレス構成のプロジェクトを進める際、多くの場合「コンテンツの配信」だけに目が行きがちですが、Webサイトを運用する上で不可欠な「周辺機能」や「インフラ」の設計を忘れてはいけません。
これらの周辺機能は、通常のWordPressであればプラグインが担っていたり、サーバー側で自動的に処理されていたりしますが、ヘッドレス環境ではすべてフロントエンドとAPI連携でゼロから実装する必要があります。
フォーム機能や認証は「追加開発」が必要
クライアント様がWebサイトに求める機能の中で、以下の機能はヘッドレス構成において特に注意が必要です。
お問い合わせフォーム
通常のWPサイトではContact Form 7などのプラグインが使えますが、ヘッドレスではフロントエンド側の専用の処理と、バックエンド(WP側)へのAPI連携が必要です。
従来のWPサイトのように、プラグインを導入するだけで自動的に動作することは期待できません。
フロントエンド側(Next.jsなど)で入力データを受け取り、そのデータをCF7の専用APIエンドポイントや、Gravity Formsなどの独自のAPIエンドポイントに対して非同期でPOSTする処理を構築しなければなりません。
これは、プラグイン機能を利用する場合でも、フロントエンドとバックエンド間の連携ロジックをゼロから構築するという追加の工数を意味します。
会員機能/認証機能
ログインやマイページ機能(ユーザー管理)は、WPの標準機能を使うことができず、認証ロジックをフロントエンド側で組み込み、セキュリティを確保した形でAPIを設計する必要があります。
これらのインタラクティブな機能は、静的サイトジェネレーターで構築されたフロントエンドの「静的」という特性と相容れないため、結果として追加の工数や保守費用が発生します。
サーバー費用とデプロイの複雑化
ヘッドレス構成のメリットとして「フロントエンドを高速なCDN(コンテンツ配信ネットワーク)に乗せられる」点がありますが、その代償としてホスティング環境が二重になります。
コンテンツ管理用サーバー
WordPressとデータベースを稼働させるためのサーバー(WP Engine, Kinsta, XServerなど)。
Webサイト表示用サーバー
フロントエンドのビルド・公開を行うためのサーバー(Vercel, Netlifyなど)。

通常のWPサイトならサーバー費用は一つで済みますが、ヘッドレスでは2つのサーバー費用と、それらを連携させるデプロイ(公開)パイプラインの構築・保守費用が必要になります。
SEO設定の引き渡し設計
WordPressの強みの一つは、Yoast SEOやAll in One SEO Packといった強力なSEOプラグインが存在することです。
これらのプラグインは、記事ごとのメタディスクリプションやOGPタグ(SNSで表示される情報)などを管理します。
ヘッドレス構成では、これらの設定情報がAPIを通じてフロントエンド側に正確に引き渡され、ページに反映される設計が必須です。
このデータ連携が漏れてしまうと、せっかく作り上げたサイトがSNSや検索エンジンで正しく認識されず、SEO効果が激減するリスクがあります。
【解決策とまとめ】それでもヘッドレスを選ぶべき「戦略的な理由」
これまでの議論で、WordPressをヘッドレスCMSとして利用する場合、従来の構築よりもコストや工数が増加する可能性があることをご理解いただけたかと思います。
しかし、それは「従来のWebサイトの作り方」の視点で見ているからです。
ヘッドレス構成は、以下の3つの戦略的な要件を持つプロジェクトにおいては、最も強力で合理的なソリューションとなります。
高速表示とスケーラビリティの最大化
通常のWPサイトと比較して、ヘッドレス構成のフロントエンドはCDN(コンテンツ配信ネットワーク)を通じて配信されるため、圧倒的な高速表示を実現します。
適しているケース
ECサイト、大規模メディア、競合他社に表示速度で差をつけたいマーケティングサイトなど、ミリ秒単位の表示速度が売上やユーザー体験に直結する場合。
アプリや多角的なチャネルへのコンテンツ配信
ヘッドレスの本質的なメリットは、Webサイト以外の様々なプラットフォームにコンテンツを配信できる点にあります。
適しているケース
構築するコンテンツをWebサイトだけでなく、iOS/Androidのネイティブアプリ、デジタルサイネージ、スマートスピーカーなど、複数の「ヘッド(表示装置)」で利用したい場合。
一つの管理画面で全てを統括できます。
セキュリティ要件の強化
データベースとフロントエンドが分離しているため、もしフロントエンドが攻撃を受けたとしても、WordPressのデータベースへの直接的なリスクが軽減されます。
適しているケース
機密性の高い情報を扱う企業サイトや、高度なセキュリティが求められるシステム。
プロジェクトを失敗させないための「発注前チェックリスト」
ヘッドレス化を成功させるカギは、開発が始まる前の要件定義にあります。
特に制作を外部に委託する場合、以下の点を明確にしておきましょう。
- エディタの自由度: ブロックエディタの自由なレイアウトが必要か?それとも定型化された入力(ACF)で十分か?(→開発費に直結します)
- 周辺機能の要件: フォーム、会員機能、プレビュー機能はどこまで必要か?(→追加開発の範囲を決定します)
- 連携させるアプリ/プラットフォーム: Webサイト以外にコンテンツを配信する予定はあるか?(→真にヘッドレスの恩恵を得られるかを確認します)
ヘッドレスCMSは、単なる技術トレンドではなく、Webマーケティング戦略そのものを変える可能性を秘めた手法です。
しかし、そのポテンシャルを引き出すには、従来のWP制作とは異なる高度な設計ノウハウが必要です。
まとめ:失敗を避けるために今すぐ確認すべき3つのポイント
WordPressをヘッドレスCMSとして採用することは、表示速度の向上やアプリ連携など、現代のデジタル戦略において大きなメリットをもたらします。
しかし、従来のWPサイトとは開発の思想が根本的に異なるため、事前の知識と正しい設計が不可欠です。
プロジェクトの途中で「費用が増えた」「運用が不便になった」と後悔しないために、Web担当者様、制作会社様が今すぐ確認すべきポイントは以下の3点です。
エディタの自由度を再定義する
- すべてブロックエディタで自由な編集を求めると、フロントエンドでのコンポーネント開発工数が倍増し、コストが跳ね上がります。
- 【推奨策】 記事やコラムはACF(カスタムフィールド)で定型化し、トップページなどの一部のみに自由度を持たせる「ハイブリッド設計」を検討しましょう。
周辺機能の「裏側」を理解する
- フォーム機能やプレビュー機能、認証機能は、プラグインをインストールするだけで動くわけではありません。これらは専用のAPI開発とフロント側での実装が必要となり、追加コストが発生します。
- 【推奨策】 事前に必要な機能の範囲を明確にし、その実装がヘッドレス環境でどれくらいの工数を要するかを正確に見積もりましょう。
戦略的なメリットを明確にする
単に「速そうだから」ではなく、アプリ連携やミリ秒単位の速度、セキュリティ要件など、ヘッドレスでなければ得られない戦略的メリットがある場合にのみ、その高いコストを正当化できます。
WordPressのヘッドレス化は、「Webサイト制作」というより「Webシステム開発」に近いものです。
最適な構成は、お客様の予算、運用体制、そしてビジネスの目的に応じて大きく変わります。
従来のWeb制作の手法では見落としがちなヘッドレス構成の落とし穴を事前に回避するためにも、ぜひ事前にこれらのチェックをしっかりと行い、メリットデメリットをしっかりと理解した上でWordPressのヘッドレスが得意な事業者に相談しましょう。
お知らせ
「UCHIWA Creative Studio」では、今回紹介したようなWordPressのヘッドレスCMS化を用いたWebサイト制作のご依頼も承っております。
- WordPressサイトの保守管理
- WordPressサイトの構築(ブロックテーマ対応可)
- ヘッドレスCMSを使用したJamstackサイトの構築
- Webサイトの改修・カスタマイズ
- WordPressサイトの操作マニュアル作成(他社作成のサイトでも可)
まずはお気軽にお問合せください!!





